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学会概要

伊藤裕 前理事長ご挨拶:日本高血圧学会が目指すもの2018年9月当時のものです

日本高血圧学の新たな挑戦―高血圧制圧のムーンショット

理事長

わたくし、伊藤 裕は、平成30年(2018年)9月より、特定非営利活動法人日本高血圧学会の理事長を拝命いたしました。身に余る重責でありますが、これまで、偉大な日本高血圧学の先達の先生方により営々と築き上げられてきた日本高血圧学会の更なる発展のため、粉骨努力いたす所存でおります。学会会員の皆様のおかれましては、一層のご指導・ご鞭撻を賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。

わたくしの学会に対するビッグヴィジョンは、“日本における高血圧の制圧”と、“世界に冠たる日本高血圧学会の確立”であります。臨床学会の使命は、目指す疾患の撲滅にあります。「高血圧」は、喫煙に次ぎ、世界の死因に寄与する単一疾患としては最も重大な疾病であります。25歳以上で高血圧と診断される人は、2008年に世界で10億人を超え3人に1人が高血圧であると推測されています。わが国においても、高血圧の患者数は4300万人におよび、費やされる医療費は1兆円を優に超えています。しかしながら、高血圧が正しく治療されている日本人は、患者数の3割にも満たない状況であります。それはなぜなのか、我々学会員すべてが真摯に考えなければいけない時に来ています。

1978年4月に会員約300名で設立された日本高血圧学会は、数多くの先生方の英断、創意、努力により、今その会員は5157名(正会員4312名、準会員845名 ※2018年11月20日現在)におよび、高血圧専門医719名、高血圧・循環器病予防療養指導士324名、特別正会員268名(FJSH)、評議員325名の構成となるまでに発展してきました。この間、高血圧症とその合併症に関するわが国の基礎的研究は、血圧制御ホルモンの発見など、世界の高血圧研究を先導し、その成果に基づく薬剤の開発もなされてきました。また、2000年に、日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2000が発行され、2004年以後5年毎に版を重ね、2019年には、システマテイックレヴューに基づく質の高いエビデンスに裏打ちされたガイドラインが発表されます。我々のガイドラインは、本邦で最も多く読まれているガイドラインの一つであり、また他のガイドラインの手本となっております。一方で、過去、臨床研究に関する問題点等も発生いたしましたが、梅村敏前々理事長、伊藤貞嘉前理事長のもと、学会員が一致団結、真摯に取り組み、役員公選制の見直し、監査制度の強化など学会運営の見える化が断行され、倫理規範の制定など正しい臨床研究の推進が目指されました。更に、日本高血圧協会との連携、保健師、看護師、薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師などの方々の高血圧に対する認識と対応の実力の向上のため「高血圧・循環器病予防療養指導士」認定制度の制定とその普及などがなされてきました。また、市民に向けた減塩活動も多くの方々の努力により着実に実を結んでいます。

このように、約40年に及ぶ誠実な学会活動は、確実にその実績を上げてきました。こうした活動姿勢は、高血圧の制圧に向けての正攻法であり、我々は、今後も、更に強化発展すべきであります。しかし、いまだ高血圧の撲滅には至らない現実があります。この事実は、高血圧の制圧には、高血圧学に対する根本的なパラダイムシフトが必要であることを物語っています。これまで試みられなかった全く新しい角度からのアプローチも必要なのです。「異次元の高血圧学」への挑戦が望まれています。そして、それは、これまで培われてきた堅牢な学会の基盤があれば、充分に可能であると考えます。

この危機感の高まりのなか、我々は2018年、日本高血圧学会みらい医療計画(JSH Future Plan)を定めました。すなわち、学会の行動原理として、「今後、最良な高血圧診療を研究・実践し、全国民の健やかで明るい社会実現に向けた活動を展開していく」ことを明言し、「良い血圧で健やか100年人生~Good Blood Pressure for Lively 100 Years~」をスローガンとし、具体的な目標として、「高血圧の国民を10年間で700万人減らし、健康寿命を延ばす」ことを、国民に対して誓いました。そして、そのための三つの柱として、①医療システム:生涯にわたる高血圧診療システム(ライフタイムケア)の構築 ②学術研究:高血圧研究の推進と「みらい医療」の実現③社会啓発:国民が血圧管理に自ら取り組む社会づくり、が掲げられました。

「異次元の高血圧学」の構築には、まず、高血圧症の疾患概念の変革が必要です。高血圧症は、単に血圧が高い病態ではなく、わたくしが2003年に示した「メタボリックドミノ」の中心病態であります。食、運動、睡眠、社会行動などの生活習慣の偏向の中で生み出されるホメオスターシスの変調により、高血圧と同時的にみられる、肥満、耐糖能異常、脂質異常などの代謝障害は「高血圧のcomorbidity」ではなく、現代の高血圧症の病態に含有されます。慢性腎臓病(CKD)、脳血管障害、心不全、認知障害さらには癌も含めた一連の疾患は、現在「非感染性疾患Non-Communicable Diseases; NCD」と称され、WHOでも最重要疾患群と位置付けられています。高血圧症は、このNCDの総体としてとられるべきであります。したがって、我々学会員はNCDのすべての有り様に精通すべきです。

そのうえで、高血圧の制圧には、①ゲノム解析をはじめとする各種オミックス解析技術、IT・デバイス・ロボット技術、AI・ビッグデータ処理技術を駆使した、個別医療を徹底化した高血圧のPrecision Medicine(精密医療)の実現 ②Population Health Management(PHM 集団健康管理: ある特定の人口に対し、予防から予後まで長期スパンで慢性疾患のリスクを低減する健康管理の仕組み)からの高血圧への取り組み、の双方が必要です。

① 高血圧のPrecision Medicine: ゲノムサイエンス、一般集団全体に及ぶビックデータの経時的取得と処理、新規デバイス活用などは、最先端の研究領域(データサイエンス)です。高血圧学は、本来、この領域に最もなじみが良く、そのモデルケースとなる気概をもって、学会主導で、若い人をデータサイエンスに登用することが望まれます。“Digital Hypertension”を目指す我々の活動姿勢は、必ずや、これまで動員されなかった若手医師層をも惹きつけ、多くの若い医師の学会入会につなげることが可能となると確信します。高血圧に病む人たち、およびそのリスクにある人たち、ひとりひとりの将来を正確に予測し、早期に介入する姿勢(先制医療; Pre-emptive Medicine)の涵養が望まれます。

② Population Health Managementとしての高血圧学:大学病院のみならず、各地域中核病院、開業医および、保健師、看護師、薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師など臨床現場力の有機的な統合の強化が望まれることは論を待ちません。しかしそれだけでは不十分であります。ヘルスケアは、健康実現の10~20%しか寄与しないという統計結果もあります。高血圧の撲滅を真に願うのであれば、政策提言、法制の影響力の評価、社会における個人の行動原理とその総体の動向把握(経済状況、遺伝背景の理解なども含む)など、極めて広範な分野を統合的に把握し介入する姿勢が必要です。

高血圧の撲滅には、高血圧学を、あらゆる領域の知見を同一のプラットフォームの上で統合し、健康アウトカムに結びつけようとする科学姿勢、すなわち、Convergence Science(収斂科学)として取り組む必要があり、医学・医療領域だけでなく広く多彩な領域の方々の学会への参加・動員を試みる事が望まれます。

わたくしは、JSHフューチャープラン実現のために、集中的に取り組む、三つの具体的アクションプランを掲げ、そのためのタクスフォースを立ち上げました。

すなわち、

タスクフォースA:【医療システム】

高血圧とその合併症(心不全など)対策施策の積極推進と他学会との連携強化

タスクフォースB:【学術研究】

AI時代の「血圧」の新しい捉え方と高血圧ビッグデータサイエンスの開拓

タスクフォースC:【社会啓発】

「高血圧」が制圧されたモデルタウンの構築

であります。

2022年には、国際高血圧学会(ISH: International Society of Hypertension KYOTO 2022)が京都で開催することが予定され、わたくしは会長を仰せつかっております。今後10年を見据えたフューチャープランの成果の中間発表の時期ととらえております。ISH KYOTO 2022に、日本高血圧学の真の実力を世界の人たちに理解していただき、われわれの取り組み方を、高血圧撲滅のノウハウのジャパンスダンダードとして、世界に高らかに示すことを夢見ております。

2018年9月、地震直後の旭川で開催された第41回日本高血圧学会総会(長谷部直幸会長)において、学会新体制旗揚げの場で、我々は、「旭川の誓いAsahikawa Oath」をなしました。すなわち、学会員は、すべて仲間(PEER:ピア)であるとの精神のもと、PEERの文字をもじって、学会員のあるべき姿勢を掲げました。

ここに、この精神を学会員すべての方々とも共有いたしたいと存じます。

PEER(ピア;「仲間」)

P:Participation(参加)

全員が学会を愛し自分のやり方でとにかく参加する。

E:Engagement(責任)

学会向上のために自分ができることを見つけ、責任感をもって実行する。

E:Encouragement(激励)

仲間の活動をリスペクトし、激励支援する。

R:Relay(伝達)

自分たちが出来たこと、出来なかったことを次世代に確実に伝えていく。

学会員の皆さんにおかれましては、わたくしの学会への思い、活動姿勢、構想を宜しくご理解賜り、より良い学会の実現と「高血圧が制圧された豊かで明るい社会」の建設に向けて、切磋琢磨し、ともに歩んでいただくことを切に祈念いたします。

最後にわたくしの好きな第16代アメリカ大統領、アブラハム・リンカーンの言葉を記して終わりたいと思います。

The best way to predict the future is to create it.
(未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ。)

特定非営利活動法人 日本高血圧学会 理事長
慶應義塾大学医学部 腎臓内分泌代謝内科

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